□総評:登竜門としてのリノベーションデザイン
第二回目となるラ・アトレ デザイン コンペティションは応募総数154名と前回にまして量、さらに質もともに大きく向上したという印象を受けました。このことは来るべきストック活用時代の到来を予感させるものでしたし、ひょっとしたら、現在の日本の建築家の有り様そのものまで変化していくのではないかというある種の“兆し”を感じさせるものでもありました。
世界的に見ると日本の建築家のデビューの仕方はとても特殊です。というのも、この国では大抵の場合、デビュー作は「住宅」という新築の建築単体となることがほとんどで、ヨーロッパをはじめとする石造文化圏での建築家デビューが既存建築の内装等のリノベーションだという事実とは、あきらかな対照を見せているのです。
リノベーションが既存建築などの実環境の質と対話するようにデザインせざるを得ないのに比較して、戸建の新築の場合には、まっさらに整地された敷地境界内で自由に自己の理念を表明することが可能です。モダニズム発祥以来、建築家の重要な使命と目されてきた「普遍的」な「理念」や「方法論」の提示といった、古典的な「建築家の本懐」を容易に遂げることのできるこの日本の建築家デビューの状況は、ヨーロッパの若手建築家から、しばしば羨ましがられたものです。
デビューというものは最も過酷なフィルターですから、その条件に適応するのは仕方ありません。その結果、質重視のヨーロッパのデザインに比べて、極めて理念が重視される、世界的に見ても珍しい日本特有のデザイン状況が生まれました。昨今の生活環境に質を求める社会と、ある種の建築家の理想の齟齬は、社会問題として顕在化した感がありますが、「デビューの条件」にもその大きな要因があるのでしょう。
その質重視の社会の要請は、ストック活用時代の到来とともに更に強まっていますが、これに応答するのが、このラ・アトレのリノベーションデザインコンペティションなのだと思います。学生という、これからデビューしていく建築家の卵たちに、質を問われるリノベーションデザインという登竜門を用意する。単なる良いインテリアデザインをひとつ実現することを越えた、ヨーロッパ型の質重視のデザイン潮流を日本に根付かせる試みとしての意義があるのです。
□個別評:「質」と「方法」の両立
このコンペでは、この国にとって馴染みのない時代であるストック活用時代において、みなが使える方法論や理念を提示するという、これまで我々が得意としてきた「普遍性」という要素に加えて、確かに豊かで美しい現実環境を実現するデザインであるかどうかという「質」という要素の二つの側面から、私は評価を行いました。
最優秀となった「窓に暮らす」は、どのようなリノベーション案件にも確実に存在する「窓」を主題とし、それがつくる光の濃淡や景色の広がりといった多様な場所性を、床レベルを様々に操作することで丁寧に拾い上げ、豊かな住環境を実現するというもので、「普遍的方法」と「環境の質」の両者がバランス良く提案されたデザインでした。
既存躯体は建築的に見れば地形のようなものです。この地形をよく読み込んでそれを最も生かすようにデザインを考えるのは建築の王道ですが、これをインテリアの手法へと転化し、方法として明瞭に提示した点を評価しました。
今後、実際に案件に訪れて、さらに環境の情報を得た時、プランもそれに即して変わるでしょうが、それを恐れず、豊かな質を実現する普遍的な方法、としての価値を証明してもらいたいと思います。
実質3位で原田賞の「嬉々として住まう」は、テラスまでを含んだのびやかで居心地の良さそうな空間構成だけでなく、作り方やコスト感まで目端の行き届いたレベルの高い提案でした。
その模型もプレゼンテーションボードも、そのまま案件のコマーシャルに使用できるほどの完成度で、高く評価できるものでした。ただ少し、残念だったのは、魅力的な点景を取り去った後に残る、無垢の状態での現実の環境の質がさほど魅力を持っていなかったことです。
素材の選択や厚み、発生する入り隅や影の部分への配慮。これら実環境への感度が保証される言葉か絵が欲しかった。世田谷という土地柄や価格帯からすると、受け入れられにくいチープさ(状況によってはメリットですが)は気になったところです。
最も印象に残った案は実は2位だった「出窓の家」です。
テラス側の窓付近に2畳に満たないほどの高品質な家具的な居場所をインストールする。ただそれだけにデザイン操作を限定し、その質を究極的に高めることで、空間的には他の領域をも豊かな場所性の内に取り込み、時間的には新契約毎に刷新されずに引き継がれるヴィンテージ性を賃貸住宅に実現しようとする、とても野心的な提案でした。
一点豪華主義的なコスト配分は良いが本当に高い質が実現されるのかについての保証、また、インストールされた部分から遠い空間の環境の質が果たして良くなるのかへの言及、に不足があったため、惜しくも2位でした。しかし、その問題設定と方法の提示の鮮明さは見事でしたし、リスクをとって大きく跳ぼうとする姿勢には共感を覚えました。
他にも多くの優れた提案がありましたが、紙幅はとっくに尽きていますので割愛します。いずれにしても、集まった作品群の高いレベルと熱量とは、このストック活用という機会が、私たちが生きている「この世界の質」を高めていく契機となるだろうことを、信じさせてくれるものでした。このコンペティションの継続と成熟がいずれ世の中にもたらす成果に期待したいと思います。
(原田真宏 MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO主宰建築家/芝浦工業大学 准教授)
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